一つの座席につき一つの窓を割り当てる

2011.12.17

大正から昭和にかけて、次々と高速電車を走らせ、独自の文化圏を築いていた関西の「私鉄王国」に対して、横須賀線はほとんど唯一技術的に太刀打ちできる国有鉄道であった。一九二五(大正十四)年に全線が複線電化され、三〇(昭和五)年からは東海道本線より二十年も早く、電車運転が始まった。このときは東海道本線を経由しながら、まだ川崎に停車せず、東戸塚の駅もなかったが、東京−逗子間を五十九分、東京−横須賀間を一時間八分で結んだ。

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当時としては驚異的なスピードであった。スピードだけではなかった。客層の高さに配慮して、二等ばかりか三等車も2ドアとし、座席の数を増やすとともに、いまの新幹線のように、一つの座席につき一つの窓を割り当てる斬新な車両を投入した。




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